しかし、Th1/Th2のバランスが崩れ、Th2細胞が優位になる原因にはもう一つ重大なものがあります。それは内分泌攪乱物質、いわゆる環境ホルモンです。
1990年代初めに報告されたフロリダのアポプカ湖のワニは、センセーショナルな話題を引き起こしました。環境問題にうとい人はごぞんじないかもしれませんが、それをきっかけに環境ホルモンの危険性がビジュアルに世界中に認識されたのです。
アポプカ湖のワニのペニスが本来の4分の1から2分の1ほどしかなく、ほとんどの雄のワニが生殖不能になり、90パーセントが死滅してしまったのです。
その原因はおそらく、湖から数百メートル離れたところにある農薬会社の事故で大量の農薬がアポプカ湖に流れ込んだのが原因だとされています。
そして「奪われし未来」という優秀な本が1996年に出版され、環境ホルモンに対する研究にも拍車がかけられました。
詳しく書くときりがないので、二例だけをあげます。
ビスフェノールAはプラスチックの成型に使われる酸化防止剤の原料で、学校給食が盛られるポリカーボネート(PC)から溶け出す可能性があります。これには強力なエストロゲン作用があるのです。
ところが、これが哺乳ビンにさえ使われています。95度の熱湯をポリカーボネート製の哺乳ビンに入れたところ3.1~5.5ppbのビスフェノールAが検出されたという報告があります。
2~5ppbの濃度でも、そのエストロゲン様作用によって乳がんのがん細胞を増加させます(ppbは濃度の単位で、10億分の1を示します。たとえば、水1リットルあたり1マイクログラム)。
厚生労働省食品化学課はビスフェノールAの基準値を2500ppb以下で安全としていますが、2~5ppbの濃度でもがん細胞を増加させる力をもっているほどですから、 乳幼児のTh1/Th2のバランスを壊すこともありえます。
それから、人類が生んだ史上最強の毒物といわれるダイオキシンです。その毒性は青酸カリの1000倍、1グラムで17000人を殺せるのです。
しかも、どこにでも使われている塩化ビニール、塩化ビニリデンを燃やすと生成され、いったん体内に取り込まれるとなかなか外には出てくれないという、実にやっかいな物質です。
おまけに日本政府のあいもかわらない事なかれ主義の無策により、欧米諸国と比べると、空気中の濃度は10倍から100倍というかなり危機的状態なのです。
当初はがんや奇形の発生ばかりにダイオキシンの影響は関係すると見られていたのですが、その後の研究により、この凶悪な物質もエストロゲン様作用することが解明されてきたのです。
ピコグラム、つまり1兆分の1の単位で作用します。1兆分の1といわれてもピンとこないでしょうが、50メートルプールにスポイトの1滴というイメージでよくわかるでしょう。胎児期にダイオキシンにさらされても、つまり母親が吸収すると、生後のTh1機能が衰えます。
しかし、環境ホルモンはビスフェノールA、ダイオキシンの2例だけではないのです。確実に‘悪’とわかっているものだけでも、ゆうに100は超えるでしょう。しかも、その大部分が、1兆分の1~10億分の1という単位でエストロゲン様作用を示すのです。
つまり、ぼくたちはエストロゲンの大海に住んでいるのです。アポプカ湖のワニのペニス、乳がん、子宮内膜症、前立腺がん、尿道下裂、無精子症という症状を引き起こすには、相当の量が必要でしょう。
しかし、乳幼児のリンパ球バランスに異変を起こすには、ありあまるほどの量のエストロゲン様物質がぼくたちを取り巻いているのです。
また、特に最近目立つのが、40歳を過ぎて突然アトピーになるケースです。男性の方が多いようです。
これは、おそらく若いころはテストステロン(男性ホルモン)が活発に作用していたのが、その分泌が年齢とともに減少し、かつ環境エストロゲン(女性ホルモン)が加勢し、 体内のエストロゲンが本来あるべき量より相対的に優位になり、その結果Th2細胞優位になったせいもあるのです。
アジアの中で、いや、おそらく世界で最もアトピーの多い国は日本でしょう。その理由は日本人は外国人とくらべて多く魚を食べるからかもしれません。 特に日本近海はダイオキシンの汚染がひどく、そのため近海で取れる魚には、その脂肪部分に高濃度のダイオキシンが蓄積されている可能性がかなり高いのです。 魚はオメガ3系不飽和脂肪酸を多く含んでおり、アトピーの食事には大いにすすめられます。しかし、近海で獲れた魚は、できるだけ避けたほうが無難です。