ここで、数多くのエイコサノイドを、人体に有利に作用するものを良性、不利に作用するものを悪性というふうに分類します。
非常にあらっぽい分け方なのですが、ここではわかりやすさを優先させます。たとえば、前者に属するプロスタグランジンE1は血小板凝集抑制や血管拡張作用を有し、高血圧や心・血管系の病気を防ぎ、後者に属するトロンボキサンA2は、逆に血管収縮作用や血小板凝集促進により心・血管系の病気を誘発しやすくします。
しかし、注意してほしいのは悪性エイコサノイドといえど、人には必要なのです。たとえば指を不注意によって傷つけた場合、もしトロンボキサンA2の血管収縮作用や血小板凝集促進作用がなければ、出血は止まらず、たいへんなことになります。
また良性エイコサノイドのプロスタグランジンE1だけが過剰に存在すれば、血圧は不必要に下がり、ヒトはショック状態に陥ります。つまり大切なことはバランスなのです。
ただ、毎日、毎日、人は体のどこかを傷つけるわけはなく、普通はトロンボキサンA2の血管収縮作用はさほど必要でなく、かえって高血圧、心筋梗塞などをおこしやすくするので悪性という範疇に入れておくのです。
そうしたほうが、これからの話がしやすくなるので、便宜上こういう分類を行なっているわけです。
ちょうど、いわゆる善玉コレステロール(HDL)、悪玉コレステロール(LDL)と同じようなものです。悪玉といえど、なければ人は生存できません。
たとえば、悪玉であるLDLはエイコサノイドの大元になるリノール酸を細胞膜にまで運ぶ役目をはたし、もしLDLがまったくなければ、良性も悪性もエイコサノイドそのものが生産されなくなり、ヒトは死んでしまいます。
また闘争のときは、悪性エイコサノイドが優位のほうが有利です。 争いに勝って自分のDNAを残すには、闘争の瞬間には、血圧は高めであるべきで、傷を受ける確率が高いので、血液は凝固しやすくなくてはいけません。 ちょうど交感神経と副交感神経のようなものです。
アレルギー、高血圧、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、喘息、リウマチといった慢性疾患や生活習慣病、ひいてはがんなど、つまり、ほとんどの病気は悪性エイコサノイドと深くかかわりあっていることがわかります。
細胞膜のレベルで定義すれば、病気とはエイコサノイドのバランスが崩れ、悪性のエイコサノイドが良性のエイコサノイドを慢性的にはるかにしのいだ状態であると、いいかえることができるかもしれません。