診察室に若い男性患者さんと、付き添いだと思われる女生が、2人一緒に入ってきました。男性はカルテをみると25才です。男性は診察用の回転椅子に座ったものの、女性は立ったままです。
そばに付き添い用の椅子も用意されていますので、ぼくは、その女性にも座るように促しました。しかしその女性は立ったままで、ほとんど目に涙を浮かべんばかりに「この子のアトピーは…」と、堰を切ったように訴え始めました。そこで、その女性は母親だとぼくは理解できたのです。
緊迫した雰囲気を和らげようと、ぼくは母親に向かって「えっ、あなたお母さんなの?お若いから、てっきり、嫁さんか、お姉さんだと思っていました」と半ば 冗談加減にいうと、彼女はちょっと恥ずかしいそうに、「はい、母親でございます」と答えると、すぐに息子のアトピー症状についてえんえんとしゃべり始めました。
そのあいだ、男性患者さんは、うつむき加減に黙って座っているばかりです。
顔に出ているアトピーの症状以外は、筋骨たくましい堂々とした体格の男性です。
しかし知能に障害があるのかと思い、お仕事は何をなさっているのですかときくと、会社員でしたが今は失業中ですという答です。
受け答えからみると、知能に障害はなさそうです。すると、母親は間髪を入れずに、こんなひどい状態でも残業をやらせる会社など、わたしが止めさせましたわといい、またひとしきり訴えをいい始めました。
そして、「はじめちゃん、立って、先生のほうにアトピーを見せなさい」と命令し、「先生みて下さい、ほら、こんなに」といいながら、息子の上着を脱がしにかかりました。
ぼくはまたカルテのほうに目を落とし、25才であることを再確認し、「やれやれ、こりゃ、母親がアレルゲンだわ」と思うのでした。
こういう光景は滅多にないどころか、週に一度は遭遇します。
お母さんいい加減にしておきなさい、あんたが元凶だよとこちらとしてはいいたいほどです。典型的な過保護ママです。しかも、この人、だんなに愛されていないのだなぁーと、余計なことまで考えてしまいます。
もっとも、これと同じような、16才の娘が診察のために上半身を裸になるにも付き添う変態パパも、ときどきいますが。
過保護もここまできたら病的です。こんな熱烈ママや変態パパと一緒に生活していたら、誰だって、どこかおかしくなりますよ。
そして、こういう親にかぎって、ステロイド軟膏を悪魔の薬のように毛嫌いするのです。
昔は子だくさんだったので、一人の子供に時間をかけることができず、頭にシラクモ、陰部にタムシの鼻たれ小僧が、あかぎれのした手にベッタやビー玉をもって、木枯らしの中をものともせず駆けずり回っていたものでした。
そして、みんなアトピーのアも知らず、いつのまにか、シラクモもタムシもよくなって、丈夫に育っていきました。これはまさに衛生仮説の正しさの証明なのです。
お母さん、お父さん、アトピーではお子さんは絶対に死にはしません。白内障や網膜剥離だけには気をつけてあげて、あとはある程度つきはなし、放っておきましょう!それが治療になるのです。